網走簡易裁判所 昭和41年(ろ)27号 判決 1966年10月19日
被告人 中村光司
主文
被告人を罰金二万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四一年五月五日午前一一時五〇分ごろ、自動二輪車((軽)登録番号一北は二三二七)を運転し、時速約一二キロで網走市西二丁目通りを北方に向つて進行し、同市南五条通りとの交通整理の行なわれていない十字路交差点に差しかかつたのであるが、この際同交差点左方の道路から結城勇の運転する軽四輪自動車が約三〇~四〇キロの速度で当該交差点に進行しているのを約一一ないし一三メートルの左斜前方に認めたがこのような場合は徐行または一時停止して右自動車に進路を譲り、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自車が先に該自動車の進路前方を無事通過できると速断し従前の速度で自車を走行させた過失により当該交差点の中心付近にいたつて右軽四輪自動車の前部に自車左側後部を衝突させ、よつて自車後部座席に同乗していた鹿島正人に対し治療約一ケ月半を要する左下腿骨折、顔面右側胸部挫傷等の傷害を与えたものである。
(証拠の標目)<省略>
(争点に関する考察)
被告人は、自車が先行車両として当該交差点における優先通行権を有していたものであるから、徐行または一時停止をして結城勇運転の四輪自動車(以下単に相手車両という)の進行を妨げないようにする義務はない旨、主張するのでこの点について判断する。
当裁判所の検証調書、被告人の当公判廷における供述、証人結城勇の供述記載を総合すると、被告人は本件交差点にさしかかるまでは時速三〇~四〇キロで進行したが交差点入口の手前約五メートルの地点でフツト・ブレーキを踏むと同時に変速機を低速位置に切り替え、同入口直前では約一二キロに減速した。ところでこの際、被告人は左方道路斜前方約二〇メートルの地点(相手車両の当該交差点入口の手前一四・一五メートルの地点)に相手車両が当該交差点に向つて進行してくるのを認めたと主張するが、前記各証拠によれば右確認地点は、なお、当該交差点の入口に接近していたとみるのが相当である。即ち被告人が当該交差点に進入してから接触地点までの距離が約五メートル、この間を時速一二キロの速度で走行を続ければその所要時間は一・五秒であり、他方相手車両の速度は、その衝突時の衝撃がさしたるものでないこと(実況見分調書ならびに被告人の当公判廷における供述によると、両車ほとんど破損箇所もなく、被告人の車も衝突地点からわずか離れた場所に倒れている。)と証人結城の供述記載とから考えて約二〇キロで当該交差点に進入し、そのままの速度を維持して接触したとみるのが妥当である。そしてこの場合の当該交差点入口から接触地点までの距離は約四・八メートルであるからその所要時間は〇・八六秒である。そうであれば、相手車両は、右両所要時間の差〇・六四秒の間に、ある地点から当該交差点の入口に達した訳であるから、この地点を求めるには、当該車両の走行速度の値を知らねばならないが、その最大値は、この場合当該車両の法定最高速度以下とみるのが経験則上からみて相当である。そしてさらに証人結城勇の供述記載をみるとこの速度を約三〇キロといい、被告人の当公判廷における供述中にも、とくに相手車両が高速で進行してきたことは述べていないところからみて(車道幅員七メートルの狭い道路を五〇~六〇キロの高速で疾走してきた場合、危険を感じるのが普通であり、従つて印象に残ると考えられる)その速度を約三〇~四〇キロとみるのが妥当である。これを距離に換算すると約三〇キロの場合約五・三三メートル、約四〇キロの場合約七・一一メートルである。
かようにして、被告人が当該交差点に入る直前の相手車両の位置はその交差点入口から約五・三三メートルないし七・一一メートル(被告人からみて左方斜前方約一一~一二メートル)の地点であるから、その所要時間(〇・八六秒)との客観的な関係からみてきわめて至近距離にあつたといわなければならない。以上の証言に反する証人結城勇の供述部分、被告人の当公判廷における供述部分は採用しない。
もつとも被告人はそのまま進行したのであるから相手車両がその交差点の入口に到達したときは、すでに自車は当該交差点を二・八六メートル進入していたことになり、形式的、文理的には、道路交通法(以下単に法という)第三五条第一項の「車両等は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、既に他の道路から当該交差点に入つている車両等があるときは、当該車両等の進行を妨げてはならない。」との規定が適用され、その結果当該交差点における優先通行権を与えられるかにみえるが、これを時間的にみるとわずか〇・八秒被告人が先に交差点に入つたに過ぎない。法は車両の左側通行を原則(法一七条三項)とする通行区分制の下において、交通整理の行われていない交差点における交通の円滑と危険防止を図る目的から前記先入車両等の優先通行権のほか、その第三五条第三項において「車両は、交通整理の行なわれていない交差点において左方の道路から同時に当該交差点に入ろうとしている車両があるときは、当該車両の進行を妨げてはならない。・・・・。」として左方車両等の優先通行権をも規定している。ここで「同時に」とは「時間的、距離的に全く同時に」の意のみでないことはいうまでもなく、相手車両の当該交差点までの位置、走行速度との関連において、右方道路の車両がそのまま当該交差点を通過しようとすれば、優先通行権を有する左方道路の車両がその進行を妨げられるような状態が客観的に考えられる場合にもこれを「同時に」と解すべきである。
そうであれば「既に他の道路から当該交差点に入っている車両等」の解釈も右「同時に」との関連において考えなければならない。すなわち「既に他の道路から当該交差点に入つている」状態から「交差点に入ろうとしている」状態に引き戻してみて、この時点から当該交差点に進入し、優先車両の進路前方を通過することが、客観的にみた場合その進路を妨害することになるかどうかの見地から目的論的に判断すべきなのである。
これを本件についてみると叙上のように被告人の車が当該交差点入口に達したとき、相手車両は約三〇~四〇キロの速度で進行してその入口までは約五・三三メートル~七・一一メートルの至近距離にあつたのである。このような場合被告人としては相手車両に進路を譲りうるように徐行し場合によっては当該交差点入口直前で一時停止するなどして、相手車両の道路を妨害しないようにする業務上の注意義務があつたのにこれを怠り自車が該交差点を無事通過しうるものと速断して進行した過失により本件事故を招来したとみるべきである。
もつとも法第三六条第二項には「車両等は、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合において、その通行している道路(優先道路を徐く。)と交差する道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路(優先道路を徐く。)の幅員よりもこれを交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときは、徐行しなければならない。」旨規定し、同第三項では「前項の場合において、優先道路又は幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両等があるときは、車両等は優先道路又は幅員が広い道路にある当該車両等の進行を妨げてはならない。」のであり、この場合には法第三五条第二、三項の規定は適用しない(法三六条四項)から、この点について考察すれば、当裁判所の検証調書によつて明らかなように被告人の進行した道路の総幅員は一四・三五メートル、相手車両の進行した道路の総幅員は一二・五五メートルであつて、この程度では被告人の進行した道路の幅員が明らかに広いものということはできない。
なお相手車両も右方道路の安全を確認しなかつた過失が認められるが(証人結城勇の供述記載)、これがため毫も被告人の前記注意義務に消長をきたすものでないことはいうまでもない。
(法律の適用)
刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項 罰金刑選択。
刑法第一八条、刑事訴訟法第一八一条第一項本文。
(裁判官 石毛平蔵)